形は違えど、根源は同じ――気候変動時代にブルゴーニュとボルドーが直面する「アイデンティティの危機」
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① はじめに――「気軽な疑問」が辿り着いた重い現実
「ブルゴーニュとボルドー、どちらが気候変動に強いのだろう?」
そんな何気ない疑問から始まった対話が、現代のワイン界が直面する最もスリリングで重大なドラマの核心へと辿り着きました。
ボルドーはブレンドという武器を持つ分、柔軟に対応できそうに思われます。しかし実態は、ブルゴーニュに劣らぬ深刻な問題に直面しています。本記事では両産地が抱える「アイデンティティの危機」を、生産者たちの葛藤とともに読み解きます。
② エレガンスの正体――ワインの美しさを支えるもの
まず前提として、ブルゴーニュとボルドーが共通して守ろうとしている「エレガンス(洗練さ)」の正体を整理します。
それは「美しい酸味」と「高すぎないアルコール度数のバランス」にあります。
酸味はワインに生き生きとした輪郭を与え、食事との相性を生み出します。アルコール度数が適切な範囲に収まることで、重くなりすぎず、飲み手を疲れさせない上品な飲み口が生まれます。この絶妙なバランスこそが、数百年にわたって世界中の人々を魅了してきたフランスワインの真髄です。
そしてこのバランスが今、温暖化によって根底から脅かされています。
③ ブルゴーニュの苦悩――生産者たちの対応策
ブルゴーニュの哲学の中心はテロワールです。ピノ・ノワールという単一品種で、その土地の個性をありのまま表現することを至上命題とします。品種を変えることは、哲学そのものを捨てることを意味します。
かつてブルゴーニュの生産者が戦っていたのは「痩せた土地でいかにブドウを熟させるか」という欠乏との戦いでした。しかし今、彼らが直面しているのは熱と糖の「過剰」という、全く逆の問題です。近年の夏の猛暑により、ブドウの糖度が急上昇し、アルコール度数が上がり、かつてのブルゴーニュが持っていた繊細な酸味とエレガンスが失われつつあります。1980年代のブルゴーニュと今のブルゴーニュは、明らかに味が違う(濃くなっている)というのは厳然たる事実です。
生産者たちが選んだ対応策は3つです。
クローン選別 かつては早熟クローン(早く糖度が上がる品種)が主流でしたが、今は「成熟がゆっくりで酸味がしっかり残るクローン」へシフトしています。品種は変えない、しかし品種の中で最適解を選び直す。
畑の管理技術 葉を意図的に多く残すことで直射日光を遮り、ブドウの温度上昇を抑えます。また土を耕すことをやめ、草を生やすことで地温を下げる試みも広がっています。
高地化 標高の高い畑への移行も検討されています。100m高くなるごとに気温は約0.6℃下がるため、温暖化の影響を物理的に回避する手段として注目されています。
④ 「ありのまま」という哲学の矛盾――生産者が直面する根源的な問い
ここで一つ、正直に向き合わなければならない矛盾があります。
「テロワールのありのままを表現する」というブルゴーニュの哲学を厳密に適用するならば、温暖化によって酸味が弱まり糖度とアルコール度数が上がったワインこそが、「2020年代のブルゴーニュのテロワールのありのまま」ではないのか――という問いが成立します。
生産者たちが葉を残し、クローンを選び直し、土を耕さないのは、「ありのまま」を表現するためではなく、「かつてのブルゴーニュらしさ」という理想像を守るためではないのか。そうだとすれば、それは「ありのまま」の哲学を自ら捻じ曲げていることになります。
この3つの対応策の違いは、実は「ありのまま」をどの時間軸で捉えるかの違いでもあります――去年の味か、100年前の平均か、それとも変化した未来を前提とするのか。各生産者の立場の違いは、この時間軸の置き方の違いでもあると捉えると、対立の構図がより立体的に見えてきます。
この矛盾に対し、生産者たちの立場はおおむね3つに分かれます。
1「変化を受け入れる」派 ビオディナミ農法の実践者に多い立場です。「温暖化した今の気候もテロワールの一部」として技術介入を極力避け、変化した味そのものを今のブルゴーニュとして受け入れます。プリューレ・ロックやルロワなどが近い思想を持つとされます。
2 「エレガンスを守るために技術を使う」派 ルフレーヴやコシュ・デュリなどの名門に多い立場です。「テロワールには人間が含まれている」という考え方のもと、クローン選別や収穫時期の調整などを積極的に活用します。「ブドウの木がその土地の声を正しく代弁できるように、人間が環境のノイズ(極端な暑さ)を和らげてあげること」こそが真の「ありのまま」である、という再定義です。ただしこの答えが「哲学的な真実」なのか「理想を守るための後付けの合理化」なのか、外部から判断することは難しく、生産者自身もその境界線を自問し続けているのかもしれません。
3 「ジレンマを公言する」派 アンヌ・グロなど一部の生産者は取材の中でこの矛盾を率直に認めています。正解はなく、毎年のヴィンテージと向き合いながら、その都度答えを出し続けるしかないという姿勢です。
「どこまで受け入れ、どこから抵抗するのか」――これは農業技術の問題ではなく、自分たちのアイデンティティと生き方をどう定義するかという哲学の問いです。そしてその問いに、唯一の正解はありません。
⑤ ボルドーの苦悩――「ブレンドという武器」をもってしても
ボルドーはブレンドという強力な武器を持ちます。複数品種を組み合わせることで、単一品種では対応できない気候変動に柔軟に対応できるはずでした。しかし現実は、その武器をもってしても追いつかないほど急速な変化が進んでいます。
主力品種「メルロー」の危機
ボルドーワインの最大の強みは、渋みと骨格を作る「カベルネ・ソーヴィニヨン」と、まろやかさと果実味を作る「メルロー」の絶妙なバランスにあります。しかし現在、このメルローが温暖化によって大打撃を受けています。
メルローは早熟な品種であるため、近年の夏の猛暑によって糖度が上がりすぎ、酸味が急速に失われるという現象が起きています。結果として、メルロー主体のワインはアルコール度数が15度近くまで跳ね上がり、ボルドーらしい「上品でエレガントな調和」が崩れ、ジャムのように甘く重い味になってしまうという課題を抱えています。
ブレンド比率の限界と激変
生産者たちは「カベルネ・ソーヴィニヨンの比率を増やし、メルローを減らす」というアプローチで抵抗してきました。かつて「カベルネ65%、メルロー35%」だった名門シャトーが、近年では「カベルネ80%以上、メルロー20%未満」にするなど、比率を劇的に変えてワインの引き締まった酸と渋みを維持しています。
しかしカベルネ・ソーヴィニヨンは水はけが良く暖かい「左岸」と呼ばれる地域(砂利質土壌)でしかうまく育ちません。粘土質土壌でメルローを主軸としてきた「右岸」(サン・テミリオンやポムロールなど)の生産者にとっては、この比率変更すら容易ではないという土壌の壁があります。
「伝統の壁」を壊す、歴史的な決断
ブレンドの微調整だけでは10年後、20年後のボルドーの味を守れないと確信したワイン委員会は、ついに2021年、ボルドーワインの歴史上初となる「外部品種の追加公認」という極端な一手を踏み切りました。温暖化に強いポルトガル原産の「トゥリガ・ナショナル」や、南西地方の「カステ」など、これまでボルドーワインを名乗ることを絶対に許されなかった新品種の栽培・ブレンドを公式に認可したのです。
※ただし、現時点では伝統の味を激変させないよう「畑の作付面積の5%以内、最終ブレンドの10%以内」という厳しい補助的な制限が設けられています。
⑥ 形は違えど、根源は同じ
ブルゴーニュは「単一品種のまま、栽培技術でエレガントさを守る」という、縦に掘り下げる戦い方(抵抗)をしています。ボルドーは「ブレンドの比率を変え、最悪の場合は他国・他地域の品種さえ受け入れる」という、横に広げる戦い方をしています。
手法こそ「柔軟」に見えますが、ボルドーにとっても「数百年愛されてきた『ボルドーらしいフィネス(洗練さ)とバランス』の崩壊を防ぐ」という意味では、ブルゴーニュと全く同じ、アイデンティティを揺るがす根源的な恐怖と戦っているのです。
ボルドーが「歴史的なルール変更」という禁じ手に踏み切ったのも、それだけ「数十年後の未来に、ボルドーワインという存在そのものが消えてしまうかもしれない」という切実な焦りがあるからに他なりません。
⑦ グラスの向こう側にあるドラマ
今後、バーやお店の棚でボルドーやブルゴーニュのワイン、あるいは「チリ産などの温暖な国のワイン」を見かける機会があれば、そのボトルの向こう側にある「気候と人間たちの戦い」の気配を、ほんの少しだけでも感じていただけるかもしれません。
ウイスキーであれ、ワインであれ、私たちのグラスに注がれる液体には、造り手たちの葛藤と情熱が詰まっています。
⑧ ナガモリで、その一滴を
ナガモリ プレミアム ワイン&ウイスキーでは、こうした時代の変化の中でも妥協なく品質を追求するブルゴーニュ・ボルドーの生産者のワインを厳選して取り扱っています。